壱岐島で受けた神様のテスト
はぁ、すごく幸せ。
ほんとうに、幸せな時間。
を噛み締めている橘ミサヲです。
先日までは、
壱岐島の時間を噛み締めていたのですが
昨日は大好きな方とのセッションで
その時間が本当に幸せで
今、こうしてその感情を残しておきたくて
ブログを書いています。
始まる前は緊張していましたが
始まると、とても楽しくてずっと笑っておりました。
笑いながら、どうしよう、すごく楽しい
と思いながら、爆笑。
そうだよね、
私ってやっぱりそうだよね。
うんうん。
と、改めて自分を知ることができました。
今回の壱岐島のリトリート中に
たくさんの気づきのある中で
1つ神様のテストがあったと思っていて
それについて、少しお話ししたら
2人で笑ってしまいました。
やっぱり!私はサメだったか(笑)
スイミーにならねばと思っていたサメ。
やっぱり私はコレでよかったと
壱岐島でも思ったけれど、より深く
腹落ちし、整った感覚になりました。
本当に、知性があり、感性があり
愛が深く、大好きな方です。
せっかくなので忘備録として
セッションと壱岐島で感じたことを
書き留めておこうと思います。
私にとっての人間関係は、
私とあなたとの関係が良い悪いではなくて
それ以外も全て、全体をみていて
私がいる水槽の中の平和だけではないんだよね。
枠がないというか。
だから、私にとっては水槽の中に囲われることが
息苦しくて、窮屈。
自分を観察できない
大人数はあまり得意じゃない。
でもコレはただよ特徴だから
良いも悪いものない。
ただ、そういう性質というだけ。
一人で、景色をみて
美味しいものを食べて
自分がどう感じてるかを味わいたい人。
全てと繋がっているのだから
あえて目の前にいる何かだけに限定して
繋がるのは勿体無いなぁと思うから
ぜーんぶ、まるっとあるなかでの
自分を感じたいと言いますか…
だから、私は、その場に置かれた時に
無意識的にすべてのバランス、調和をみて
私が、どうありたいか、どの位置かを決める。
みんなではしゃぐ輪の中に入ることも
一人でボーっとすることも
みんなはしゃいでいるのを見るのもok
脇役にも主役にもナレーターにもなれる。
けど、小さい頃は
それが八方美人みたいなイメージで
良くないと思い込み悩んでいた時があった。
けど、そこに偽りはないんですよね。
むしろ、何かひとつの私のキャラを通す方が
私にとっては偽りで、息苦しい、圧が生まれる。
そんな私でもいいんだと
気がついたきっかけは、過去に
四柱推命やアカシックをされる占い師の方に
セッションをしてもらったことです。
\すごく偏っていてすごく天才タイプ/
と言われたことがあります。
私は普通であるべき、普通がいいと思い生きてきて
バランスよくありたい、凸凹したくない
天才タイプとは真逆だと思っていたので
全く信じられませんでした。
ただ、調和の取り方が天才的
意識しなくても、呼吸するかのように
調和がとれてしまう人なのだと。
だから、一見
天才タイプがたくさんいる場では
目立たないけれど、調和をとる天才であり
確実に、そっち側です と。
だから、調和を取らないとか
空気読まないとか無理なんだって。
でもそれが才能だと。
なるほど…
これがキッカケで少しずつ
調和をとる、息するかのように空気を読む自分を
逆に才能だと感じるようになりました。
そして、今回の壱岐島リトリートで
ここをあなたは、本当に受け入れてる?
というテストがあったと、感じています。
リトリート中、
みんなの輪の中に入らず
外からボーっとみんなを見ている自分
みんなとはしゃいで踊っている自分
でも長くは続かなくて、離脱して
ゆっくりしている自分
このメンバーなら、主体で話さずに
聞き役でいよう
突っ込み役になろう
ここは、譲ろう
伝えたいコレは、伝えよう
そんなふうに、いろんな自分がいて
でもそれはね、
どれも考えて ではなくて
息をするように”分かる”
そんな感覚。
でも一度、メンバーに
話せてる?と聞かれて不安になりました。
途中で、また一瞬
こんな自分でいいのか?
輪の中に入らないと、しらける?
あれ、私、本心出せてる?
委ねられてる?
と。
でも、大丈夫と思えた。
ここで、合わせる方が私らしくないし
私が心地よくない。
今のその私が、私にとっては心地が良く
そんな私のことを伝えてみて、分かってもらえて
結果、周りもそれを受け入れてくれていた。
本当にありがたい経験。
本当にリトリートメンバーが好きよ。
そして、今日のセッションで
リトリートで感じまたお話をしたら
もうひとつ気づきがあって。
側から見ると委ねる、甘える ことも
全然やってない!と思うかもしれないけれど
今の私にとっては、その加減がちょうど良い。
そして、その加減も
誰に甘えるか、頼るかも、私が決めて良い。
そう、思えたの。
それが、もう一歩、進んだ感じがして嬉しい。
そうやって、無理に変えようとしない。
変わろうとしない。
今の私を観察して受け入れてそれで十分。
そうしていくとエネルギーが流れて
見える側の現実が動いていく。
だって私は誰かになる必要はなく
誰かになりたいわけではなく
私が私を好きになりたいだけなのだから。
だからこそ、今、必要な一歩を
積み重ねていきたい。
目に見えている今を整理して
今、見えている中の選択肢から
次の一歩を踏み出すしかないのだから。
だから私も、誰かに何かを伝える時
いろんなものがみえていたとしても
“何を言うか” よりも “何を言わないか”
私もこの選択がうまくできるようになろう。
はぁ、やっぱり素敵。
9月からのスクールが楽しみすぎるよ♡