モブキャラが少年漫画の主人公を目指した話

ロンドンへ短期留学をしていたときに、
今でもどうしても忘れられない思い出がある。
 

そのときの私は、
拙い英語しか話せず(今も変わらない・・・)、
人に話しかけるのも苦手で、
恥ずかしがり屋の垢抜けない学生だった。

そんな、漫画ならモブキャラだと思っていた私が、主人公にもなれる!と思った経験である。


 
それは、帰国の日、
ヒースロー空港に向かう途中のこと。
急に地下鉄が止まり、真っ暗になったのだ。

ハリーポッターが好きな私は、一瞬
電車止まる+電気消える=ディメンター(吸魂鬼)
という妄想が頭をよぎる(普通の人は、テロの心配だろう)。
どちらにしたって、心臓はバクバクだ。

 
周りの人が、焦りながら地下鉄を降りていく中で、私もパニックになりかける。
一度、落ち着いて、アナウンスに耳を傾けると、ストライキにより運転取り止め。


不安や恐怖が、イライラの感情に変わる瞬間を、
今でも、覚えている。
 
おいおい、私は数日前から、
何度も空港行きの地下鉄の時間を調べ、
余裕を持って乗ったのにこれ・・・。

1番ダイヤが遅れにくそうな交通手段を選び、
学生でお金もないから、
なるべく残高残らないように
オイスターカード(交通I Cカード)にチャージして。

 
な の に こ れ !
今ならわかる。
ロンドンに向かうフライトのトランジットでもストライキを経験した、私の不安が引き寄せた出来事だろうと。
 

が、当時はそんなん知らん。
ただただ、大好きなイギリスという国を
嫌いになり呪いそうになった。
でも、ここで立ち止まっていてもどうしようもない。
イライラをぶつけたって仕方がない。
そもそもそんな英語力はないのだし。
 

 駅員に尋ねバスを紹介されたが、
長蛇の列で間に合いそうにない。
止まった駅が、小さいすぎてタクシーも
見当たらない。

 
さあ、ほとほと困った。
まだ当時の私は、今ほど生きる力もなく、
か弱い?ただの女学生だ。
その上、厄介なことに、人に頼るのが苦手ときた。
 

 
そんなときにヒーローが現れた。
イギリス人のサラリーマンが、
声をかけてくれたのだ。

 
「ヒースローに行くの?何時のフライト?
僕も行くから、一緒に乗って行こう。
今タクシーを呼んだからもうすぐくるよ」と。

どんな少年ジャンプの主人公より、
ヒーローだと思った。


さすが、紳士の国、イギリス、本場は違う。
(数分前の前の呪う発言を訂正しろ…)
なにより、背が高く、英国のクラシカルな
スーツの似合う、仕事のできそうなイケメンだ。
 
 
ただ、異国の地、疑心暗鬼にもなる。
多くの人が、焦っているあの状況で、
明らかに日本人の私に声をかけてくるなんて
詐欺?誘拐?

一瞬、警戒心が働くが、
持ち物はRREMOWAのスーツケースで、
フライトチケットを見せてくれて、
来たタクシーもTHEロンドンの黒色のタクシー。

誘拐だったら、タクシーから飛び降りる!
モブの私に受け身は取れるだろうか・・・
(いや取れない)という気持ちで
タクシーに乗った。
 


一緒にタクシーに乗せてもらい、
ヒースロー空港へ。
アムステルダムに出張に行くそうで、
商社マンだった。

ターミナルが別で先に彼が降りたが、
私が行きたいターミナルまでの料金を支払い、
降りていった。

「Have a nice trip !」と手を振り、爽やかに。
 
 
このとき私は、恋に落ち・・・ではなく
かっこいい!素敵!こんな人になりたい!
と思った。
(ここで恋で落ちていたら、少女漫画の主人公になれたのに。視野が狭かった・・・)
 
 
こんなふうに世界を飛び歩いて仕事をしたい。
街で困っている人がいたら、
声をかけてあげられる人になりたいと。

そう、私は、少年漫画の主人公路線を選んだのだ。
 
 

それから、約13年後。
そのときは、やってきた。

旅行で屋久島に向かう途中
屋久島行きの飛行機が着陸できず、
鹿児島に戻ってきてしまった。

船で行くしかなくなったが
船に乗るための港に行こうとするも、
バスが長蛇の列で間に合わない。

 
仕事で出張族の私は、
至って冷静に、でも少し愚痴りながら
タクシーを捕まえる。

すると乗ろうとした時に、
飛行機で隣だった男子学生が困っているのが
目に入った。

 
え、声かけて大丈夫かな・・・
逆ナンとか思われないかな・・・
声をかけるか迷う私も。

 ふと、思い出したのは
あの地下鉄で声をかけてくれたイギリス人。


その瞬間に、私は声をかけていた。
タクシーの中でたわいもない話をして、
最後は、お互い良い旅を!と言って
手を降って船に乗り込んだ。

ほっとした学生の顔が旅の疲れを癒してくれた。
 
 

あのロンドンでの経験が今もなお
心に残っている。
ロンドンでの漫画のモブが、
鹿児島で漫画の主人公になった気分だった。


あのとき、少女漫画の主人公に
なれる種もあったかもしれない。
それでも、私の片手には、あのとき憧れた彼と同じ、
R E M O W Aが握りしめられていた。


 
あのときの経験の中で、
私は、少年漫画の主人公への種を選んだ。
でもまた別の経験では、少女漫画の
ヒロインの種を選び、泣いた経験もある。

 
人生の主人公は自分だ。
どんな物語を紡いでいくか、
どんな花を咲かせるのか。


その種もまた、自分で選んでいけばいい。
いくつ選んだっていい。

そう思えたときから、
人生は動き出す、人生は、楽しいね。

 
さあ、今年はどこへ旅に行こう。